素人が新聞記事書いてみた

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【皇紀】2678年7月26日

「相模原障害者施設殺傷事件」から、今日で2年となった。

テロ事件を除けば、津山事件に次ぐ死者数を誇る事件だ。

 

この事件は植松聖(うえまつ さとし)被告(当時26歳)が、神奈川県立の知的障害者施設「津久井(つくい)やまゆり園」で、職員や入所者らを包丁で次々と襲い、19人が死亡、27人が重軽傷を負った凶悪事件だ。

彼はこの施設の元職員だったが、「自己都合」という理由での退職(事実上のクビ)となっている。

 

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植松被告はどこにでもいる普通の学生だった。

友人も大勢おり、周囲との関係も良好だった。

近所の住民も、「明るい好青年」と証言している。

 

彼に転機が訪れたのは20代前半、不良仲間とみられる交友関係を持つようになった。

刺青を入れるようになり、髪も金髪に染めるようになった。

小学校の教員を目指していたが、刺青が原因でその道には進むことができなかった。

大学卒業後は職を転々としていた。

その後、津久井(つくい)やまゆり園で臨時職員として雇われるが問題を起こしクビになる。

犯行の理由には、クビにされた恨みもあるようだ。

 

小学校の教員になる夢を挫折した後、彼の行動には狂気的な部分がある。

医師からは躁病(そうびょう)と診断され、「他害の恐れがある」として、精神保健福祉法に基づき措置入院をしていた。

 

これは個人的な意見だが、植松被告は極刑にすべきだ。

これだけの人を殺めたのだから当然だと思う。

弁護人は責任能力の無さを理由に極刑にすべきではないと主張しているが、身内が殺害されても、同じ事が言えるのだろうか?

 

 

植松被告について調べてみると、物凄く例外的な人間という訳ではないようだ。

普通の青年が挫折により、道を大きく道を踏み外したという印象を受ける。

 

このような猟奇的な犯罪が、今後絶対に発生しないとは言いきれない。

 

 

犯罪をゼロにするのは不可能だ。

しかし、犯罪の発生数を減らすことは可能だろう。

 

江戸時代の書物を読むと、今より治安が良かったことが伺われる。

庶民は家を数日空けるような時以外、鍵をかけない場合が大半だったようだ。

江戸時代の治安が良かった理由はいくつか考えられるが、刑罰が厳しかったのが最大の原因だろう。

十両盗めば死刑だった。

あと、武士が刀を持っていたことも大きな抑止力になっていたようだ。

 

第二次世界大戦以前、日本では民間人でも拳銃や日本刀を容易に所持することができた。

GHQは、日本の非武装化をおこなった。

警察官も例外ではなく、昭和20年から21年にかけ銃を携帯していなかった。

すると治安がかつてないほど悪化してしまった。

昭和21年になりGHQから警察官の拳銃装備が公認されたため、治安の悪化は改善され以前と近い状態に戻っていった。

 

グローバル化により、日本の治安はこれから悪化するだろう。

今よりも少しだけ罰則を厳しくすべきだ。

当然、死刑制度も存続すべきだ。

監視カメラなどによる抑止も今以上に必要となる。

 

安全はタダではない。