今日は「広島大虐殺」のあった日だ。
生きている住民の真上で、人類史上初めて原子爆弾(正式名「ガンバレル型ウラニウム活性実弾 L11」)が使用された。
この原爆により当時の広島市の人口35万人(推計)のうち、少なくとも9万人以上が被爆から2~4か月以内に死亡した。
民間人の大虐殺である!
日本人はこの日をわすれてはいけない!
出典:Wikipedia
昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分、原子爆弾(コードネーム「リトルボーイ」)は、広島市中区大手町1丁目5-25(現在の島内科医院)の上空約600mで炸裂した。
大都市広島の真ん中で。
リトルボーイの威力
・TNT(トリニトロトルエン)換算:15Kt
・爆風:280m/sec。30sec後、半径11km迄届いた。
・爆心点温度:数百万度
・地上熱量(平方センチ):爆心:100カロリー、3.5km地点1.8カロリー
・熱傷範囲:爆心~3.5km地点(無遮蔽)
・致命的熱傷:爆心~1.2km地点(無遮蔽)
・直接放射能被曝:爆心~2km地点
・主な死因:爆風、熱線、放射線(ガンマ線、中性子等)
・建物崩壊:爆心~2km地点(壊滅)
・生存者:爆心~0.5km地点内で78名の生存者が確認された。
・生存者の目撃証言:爆心地の太田川の水が天に上昇していた。
引用:世界の放射線被爆地調査ISBN4-06-257359-8
リトルボーイによる死亡者
・爆心地から500m以内では、即死及び即日の死亡率が90%以上
・500m~1km以内では、即死及び即日の死亡率が60~70%
・さらに生き残った者も7日目までに約半数が死亡、次の7日間でさらに25%が死亡
11月までの集計では、爆心地から500m以内での被爆者は98~99%が死亡し、500mから1km以内では約90%が死亡した。
昭和20年(1945年)の8月~12月の間の被爆死亡者は、9万人~12万人と推定されている。
米国は、広島と長崎への核兵器使用の理由を「日本との戦争を早く終わらせるためだった」と主張している。
本当にそれだけだろうか?
以下の2つの理由もあったように思えてならない。
①マンハッタン計画の正当性の証明
②第二次世界大戦後の世界で優位に立ちたかった
マンハッタン計画とは、米国・大英帝国・カナダによる核兵器の開発・製造計画である。
広島に落とされた「ガンバレル型ウラニウム活性実弾 L11」と長崎に落とされた「インプロージョン方式プルトニウム活性実弾 F31」もこの計画で作られた。
昭和20年(1945年)10月までのマンハッタン計画の費用は18億4500万ドルだ。現在のレートにすると250億ドル(2兆8,000万円)くらいと言われている。
膨大な費用を使った原爆開発を国内向けに正当化したかったのだろう。
更に、人体実験をしたいという欲望もあったかもしれない。
米国は、第二次世界大戦後の世界でソ連より優位に立ちたいと考えていた。
実際に、占領統治時代の日本は事実上米国のみで統治することとなった。更に、第二次世界大戦後の世界でも米国が覇権を握ることとなり、現在に至っている。
米国が本当に戦争の早期解決を望んでいたとしても、それは日本を自分のものにしたかったからだ。
昭和20年(1945年)の2月に、米・英・ソ蓮の首脳による「ヤルタ会談」で、ソ連はドイツの降伏から3カ月以内に日本に参戦することを極秘に決めていたからだ。
これも世界の覇権争いの一部であると言えよう。
確実に言えることは、罪のない民間人が大量に虐殺されたということ。
そして、現在の平和は、多くの人達の犠牲のうえに成り立っているということだ。
この事実を忘れてはいけない。