素人が新聞記事書いてみた

新聞記事を書いているつもりでブログを書いています。

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LGBT、その単語と過度の配慮から感じる違和感

LGBT(エル・ジー・ビィー・ティー)」という単語が最近よく使われる。

 

LGBTとは、女性同性愛者(レズビアン,Lesbian)、男性同性愛者(ゲイ,Gay)、両性愛者(バイセクシュアル,Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)の各単語の頭文字を組み合わせた表現である。性に対する多様性や個々の考え方を表すものであるが、明確な定義は定まっていない。

LGBTは基本的に自己申告(一部を除く)である。日本の世論調査では8%程度が自分はLGBTだと回答している。しかし、米国やオーストラリアでは3~4%、英国では2%程度だ。LGBTか否かは、主観による要素が強い。

トランスジェンダーは最も曖昧な単語と言える。強いて表現するなら、自分の生まれ持った性別に違和感を持っている人を指す単語である。疾患である「性同一性障害」も含まれる。トランスジェンダーには「性同一性障害の人」と「性同一性障害ではない人」がいる。

 

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喜多川歌麿きたがわ うたまろが18世紀後半に描いたとされる浮世絵、出典:Wikipedia


LGBT」という単語には違和感を感じる。

彼らのような人達は特別な存在ではない。昔から存在していた。例えば、戦国時代の有名武将の大部分は両性愛者である。両性愛者でない武将の方が少数派だった。

 

そもそも、なぜ「LGBT」という単語を新しく作る必要があるのだろうか?

「女性同性愛者、男性同性愛者、両性愛者」は性癖の性質が強い。今はそうではなくても、数年後になっている可能性が誰にでもある。

一方、トランスジェンダーは疾患の性質が強い。

両者を一括りにすべきではないと感じる。

 

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LGBTに対して、過度な配慮がなされているように感じる。

 

平成27年11月5日、東京都渋谷区は同性カップルを「結婚に相当する関係」として扱う「パートナーシップ証明書」の交付を始めた。

平成28年4月1日には、三重県伊賀市でも同性カップルの公的証明書の発行を始めた。

 

LGBTの権利を主張している「性的指向および性自認等により困難を抱えている当事者等に対する法整備のための全国連合会」、 通称「LGBT 法連合会」という団体がある。

彼らは以下のことを主張している。

 

日本でも先進国と同等のLGBT差別禁止法を

今、日本では、LGBTというだけで
いじめられ、追い詰められます。
性的指向性自認は自分では選ぶことはできません。

まわりの理解がなく、悩みあぐね、
自殺に追い込まれてしまう子どもたちも多くいます。
LGBTの差別を禁止する法律は
EU加盟国全て、オーストラリア、米国(州別)等の先進国で制定されています。
国連でも同じような動きがあり、
こうした法律はグローバルスタンダードになっています。

多様性を認める環境づくりは、
課題を抱える子どもたちの支えになるだけでなく
周りにいるLGBTではない子どもたちも、強くやさしくします。

日本でも先進国と同等のLGBT差別禁止法を。

引用:LGBT法連合会

 

上から2~3行目の文
「今、日本では、LGBTというだけでいじめられ、追い詰められています。」

 

本当にそうだろうか?

知り合いに男性同性愛者がいるので聞いてみたら、以下のように答えてくれた。

「何言ってるの?一部の極端な人間の意見じゃない?僕はそんなこと思ったことないよ」

ネットでLGBTの方の意見をみても、このような意見が多数派のように感じる。

LGBTではない方も同様だろう。

 

 

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LGBT法連合会の存在を始めて知ったのは、平成30年7月の杉田水脈すぎた みお衆議院議員自民党)に対するデモの時だった。

このデモを見た時、非常に違和感を感じた。

彼らは本当にLGBTの方たちの意見を代弁しているのだろうか?

そして、「差別利権」という言葉がすぐに思い浮かんだ。

『過度』に人権を主張するのは怪しい人間が多い。彼らの大部分は、支那ウイグルチベットなどで行っているような「本物の人権弾圧」に対しては抗議をしない。

 

LGBTのような人達を差別してはいけない。当然だ。

しかし、過度の配慮をした時、社会に大きな歪みが生まれるのも事実だ。

それはお互いのために良くない。