素人が新聞記事書いてみた

新聞記事を書いているつもりでブログを書いています。

【広告】

【皇紀】2679年9月28日

今日は、日本赤軍が「ダッカ日航機ハイジャック事件」を起こした日だ。

 

f:id:newspaper-ama:20190928063440p:plain

日本の主な新左翼の系統図、原典:Wikipedia

 

日本赤軍とは、昭和46年(1971年)から平成13年(2001年)まで存在した、日本の新左翼系団体である。共産主義者同盟赤軍派(略称「赤軍派」)の重信房子(しげのぶ・ふさこ)や奥平剛士らにより結成された。

テルアビブ空港乱射事件やクアラルンプール事件などの多くのテロ事件を起こした。

 

ちなみに、「新左翼」という言葉は様々な左翼団体ができたことにより、マスコミが使用するようになったものである。対義語は「既成左翼」。

既成左翼は、日本共産党と旧日本社会党(現在の「社会民主党」)を指す。

 

f:id:newspaper-ama:20190928071900j:plain

ハイジャックされた日本航空のJA8033(機体番号)、出典:Wikipedia

 

昭和52年(1977年)9月28日、パリ発東京行きの日本航空472便(ダグラス DC-8-62、機体番号)がハイジャックされた。

犯人は日本赤軍の丸岡修ら5名。拳銃や手榴弾などで武装し、乗員14名、乗客137名を人質にした。

そして、バングラデシュの首都ダッカのジア国際空港に強行着陸させ、日本政府との交渉に入った。(交渉は日本政府と直接行ったものではない)

 

犯人たちは人質の身代金として600万ドル(当時のレートで約16億円)と、日本で服役又は勾留中の9名(奥平純三など)の釈放と日本赤軍への参加を要求した。

拒否又は回答が無い場合には、人質を順次殺害すると警告した。殺害は米国人の人質から行うとした。この米国人はジミー・カーター米大統領の友人で、犯人たちはそのことを事前に知っていた。

 

10月1日、福田赳夫総理は「一人の生命は地球より重い」と述べ、身代金の支払いと「超法規的措置」として収監者の引き渡しを決定する。日本政府が超法規的措置を行ったのはこれが2度目。

犯人たちが釈放を要求した9名のうち、6名は日本赤軍に参加を決め3名は拒否した。

釈放犯6名は同日朝、身代金や食料6トンと共に、犯人たちと合流する。

翌2日より、人質が少しつづ解放され始める。

 

3日、犯人たちはアルジェリアに向かう。同国は当時、ハイジャック防止加盟国に批准していなかった。シリアのダマスクス空港などで給油し、アルジェリアのダニエル空港で全ての人質を解放した。

彼らはここでアルジェリア当局に投降、その管理下に置かれた。当時のアルジェリアソ連などの支援を受け、親東側諸国の立場をとっていた。また、西側諸国からテロリスト扱いされた左翼過激派組織のメンバーを受け入れていた。

 

日本赤軍は、軍資金の調達と有力メンバーの奪回に成功した。

世界各国からは日本政府の弱腰対応に非難の声が高まった。

また、バングラデシュではこの事件の隙をつき、軍事クーデターが発生。11名が死亡した。

 

この「ダッカ日航機ハイジャック事件」が発生した当時、ハイジャック事件が他にもいくつか起きていた。そして、日本政府はその度に弱腰の対応をしていた。北朝鮮が日本人拉致事件を始めたのも、これが原因だと言われている。

しかし、日本のマスコミの多くは、日本政府の対応を称賛していた。

 

【広告】