素人が新聞記事書いてみた

新聞記事のつもりでブログを書いています。

【皇紀】2681年7月6日

オウム真理教の元教祖・麻原彰晃(あさはら しょうこう)こと松本智津夫(まつもと ちづお)の死刑執行から、今日で3年が経った。

 

オウム真理教とは、麻原彰晃を教祖とするかつて存在した新宗教団体。テロ組織。

地下鉄サリン事件や松本サリン事件、坂本堤弁護士一家殺害事件など数々の殺人・テロ事件を起こした。

一連の事件における被害者数は、死者30人、重軽傷者6,000人以上。これとは別に、教団内において判明しているだけで死者5人、行方不明者は30人以上。

教団幹部13人が死刑判決を受けた。平成30年(2018年)7月6日に麻原ら7人、同月26日に残りの6人の死刑が執行された。

 

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麻原彰晃(本名:松本智津夫

 

麻原は昭和30年(1955年)3月2日、熊本県八代市で生まれた。天性緑内障のため生来、左目はほとんど見えなかった。

6歳になると小学校に入学するが、直ぐに全寮制の熊本県立盲学校に転校。20歳で卒業まで麻原はここで過ごす。その間、彼の両親が訪ねてくることはなかった。

盲学校時代の麻原はやりたい放題だった。他の目の見えない子供に暴力を振るったり、恐喝をしたり...。卒業までに、恐喝により300万円ほどを貯めたという。

 

盲学校を卒業すると、麻原は東京大学合格を目指して東京の予備校に通う。しかし、予備校で知り合った女性との間に子供ができ、大学受験を断念する。

その後、鍼灸院や漢方薬局を始める。無許可の医薬品を販売し4,000万円ほどを稼ぐが、薬事法違反で逮捕される。

 

28歳のとき、東京都渋谷区に学習塾「鳳凰慶林館」を開設する。ヨーガや東洋医学などを統合ものだったという。「麻原彰晃」と名乗り始めたのはこの頃。

翌年には、学習塾「鳳凰慶林館」をヨガ道場「オウムの会」に変更する。

更に宗教団体に税制上の優遇措置があることを知ると、ヨガ道場「オウムの会」を改称し、宗教団体「オウム神仙の会」を設立する。

昭和62年(1987年)7月、麻原32歳のときに「オウム神仙の会」を「オウム真理教」に改称する。この頃から、麻原は超能力者としてテレビ出演するようになる。

 

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昭和63年(1988年)9月、在家男性信者が修行中に死亡する。麻原らは遺体を焼却し、証拠隠滅を図った。オウム真理教関連で初めて、死者が発生した事件。

この事件を見て教団に疑問を持った男性信者が、翌年2月に殺害される。これがオウム真理教初の殺人事件である。

以降、オウム真理教は邪魔な人間を次々を殺害していく。

 

平成6年(1994年)6月27日、松本サリン事件が発生する。

オウム真理教神経ガスサリンを散布し、8人が死亡、約600人が負傷した。

戦争状態にない国で一般市民に対して化学兵器が無差別に使用された、世界初の事例。

 

平成7年(1994年)3月20日には、地下鉄サリン事件が発生。

オウム真理教は東京都内の地下鉄で、同時多発的にサリンを散布。14人が死亡し、約6,300人が負傷した。

 

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平成7年(1994年)5月16日、 山梨県上九一色村の教団施設で、麻原彰晃(あさはら しょうこう)こと松本智津夫(まつもと ちづお)は逮捕された。

 

しかし、オウム真理教の後継団体は現在も存続している。「Aleph」「山田らの集団(正式名は不明)」などだ。

オウム真理教が起こした事件の記憶を、風化させてはいけない。